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浦和地方裁判所 昭和26年(行)2号 判決

原告 秋元源彌

被告 川口市

一、主  文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告の原告に対する原告納税管理人井上喜作名義をもつて同人に送達した昭和二十五年九月四日附(税発第一八〇〇号)別紙(一)及び同年十月十日附(税発第二〇〇六号)別紙(二)記載の屠畜税追徴金の賦課は無効とする。仮に右の賦課が無効でないとすればこれを取消す。被告は原告に金百四十九万九千八百九十円及びこれに対する昭和二十五年十二月二十四日より完済に至るまで日歩四銭の割合による還付加算金を支払え、仮に右の還付加算金が認められないとすれば年五分の割合による遅延損害金を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求の原因として、原告は二十数年前に川口市領家町三千三百九十三番地所在の適式に設立された川口屠場を所有して爾来同屠場を自己の責任と計算において経営して来たが、昭和二十年三月上旬同屠場における原告の使用人が爆死したため、これに代る適当な使用人を求め得なかつたことと原告は老齢で自ら空襲下川口市まで赴き得なかつたことから同屠場を引続いて経営してゆくことが出来なくなつたので、同月下旬頃同屠場の経営一切を予ねてから面識のある訴外井上喜作に同人が獣畜の屠殺依頼者より受取る屠場使用料のうちより毎月一定の割合による金員の支払を対価として受けることを約して賃貸した。それ以来原告は唯右の一定の割合にもとずいて訴外井上から、例えば同二十三年十月以降は同人が獣畜の屠殺依頼者より屠場使用料として各一頭について牛馬は金三百円、豚犢は金二百円、羊は金百円を領収する金員のうちより各一頭について牛馬は金二百円、豚犢は金百三十円、羊は金五十円の支払を受けて来たのに過ぎないのであつて、右の賃貸借は同二十五年九月訴外井上が業務上横領被告事件に問われるまで継続して来た。このように同二十年三月下旬以降は訴外井上が自己の責任と計算において屠夫の雇傭、獣畜の屠殺解体、屠場の小修理費の負担、屠畜税の徴収納入を為す等同屠場の経営一切を掌つて来たのであつて、原告は単に同屠場を所有する屠場主たるに止まり屠殺解体の業務には関与しなくなつたのであるから同屠場の経営者ではない。昭和二十三年九月一日告示の川口市告示第七十五号(川口市税賦課徴収並びに県民税賦課条例、以下単に川口市税賦課条例と称する)第二十七条によれば川口市の市税である屠畜税についての特別徴収義務者は屠場経営者であるから原告は同屠場における屠畜税の特別徴収義務者ではない。訴外井上は単なる原告の納税管理人ではなく同人が右の特別徴収義務者である。従つて従来被告の徴税吏員も屠畜税の交渉に当つては原告を度外視して専ら訴外井上とのみ交渉を行つて来たものである。ところが偶々被告の税務課長本橋勝右ヱ門が背任被告事件に問われたので、同人の立場を有利にするには訴外井上では担税能力が乏しいところより、被告は訴外井上を原告の納税管理人として同人宛に同二十五年九月四日附(税発第一八〇〇号)別紙(一)及び同年十月十日附(税発第二〇〇六号)別紙(二)記載の屠畜税追徴金の令書を、別紙(一)は同年九月七日に、別紙(二)は同年十月十一日に送達した。然し右は本来屠畜税の特別徴収義務者でない原告に対し為されたものであるから、右追徴金賦課の処分は当然無効のものであるか少くとも違法の処分である。仮に原告が特別徴収義務者であるとしても、原告は曾つて訴外井上を原告の納税管理人として被告に届出でたことはないから同人に屠畜税追徴金令書が送達せられたからといつて原告に送達されたことにはならない。即ち、本件追徴金については原告に対し正式の告知が為されていないのであるが、そもそも屠畜税についても納入に先立ち市長の調定が行われることになつていることは後に陳述の通りであつて、しかも調定は内部的な意思決定を以て足りるものではなく相手方に対する表示行為を必要とする。従つて告知がない以上右追徴金は未だ原告に対し調定されたものでないから原告にはその納入義務は発生していない。かように本件追徴金賦課処分にはその手続上の違法がある。更に仮に訴外井上が原告の納税管理人であるとしても、前記条例により屠畜税の賦課定額が昭和二十三年九月一日以降各一頭について牛は金二百四十円、馬は金二百円、犢(一歳未満のもの)豚、羊は金百円とそれぞれ従前より大幅に増額せられたため、そのような税額を屠畜の所有者より徴収するのでは屠場の経営が困難となるので徴税に応じなかつたところ、被告の市助役早乙女道次郎、収入役中山亀之助、税務課長本橋勝右ヱ門等に招かれて同二十三年十一月川口市役所においての屠畜税納入額について種々懇談した。而して川口市税賦課条例によると特別徴収義務者は徴収した屠畜税を一月分宛まとめて翌月五日迄に納入すべきものとせられ、この際市長による納入額の調定が行われることになつているのであるが、右川口市の吏員の方でも原告側の事情を諒解して屠畜税の減額を承認し、その結果訴外井上は川口市長により昭和二十三年十月分以降の将来の屠畜税獣畜各一頭について牛馬は金三十円、犢、豚、羊は金十円の割合による税額を納入すれば足りることに調定され、右の額を超過する屠畜税額は被告において徴収の権利を抛棄した。そこで訴外井上は同二十三年十月以降は被告から何等の注意も受けないで同人の申告した別紙(三)記載の屠畜の種類頭数に対し右の調定通りの屠畜税を納入して来た。然るに被告は突如として前記追徴金賦課令書を前記の日時にそれぞれ送達して来たので、同人は同二十五年十月二十八日右の賦課は調定違反の違法なものとして被告に異議の申立をした、この異議申立に対し被告は同月三十日附(徴第二〇七九号)を以つて、異議申立期間を経過していること及び申請人主張のような屠畜税を減額した事実はないという理由で却下の決定をした。然し被告の右追徴金賦課は前記調定を無視した無効の行政処分であり、当然無効のものでなくとも少くとも違法の処分である。かように本件追徴金賦課処分には以上の如きそれぞれ瑕疵があるから原告はその無効であることの確認、若くはその取消を求める。ところで、原告は被告の強硬な督促に遭い、己むなく一時滞納処分等を避けるため同二十五年十二月二十三日被告に金百五十万円を納入し内金百十円は督促手数料、残金百四十九万九千八百九十円は別紙(一)記載の昭和二十三年十月分より同二十四年八月分まで及び同年九月分の内金十万二千七百四十円の屠畜税追徴金に充当せられた。然し前記のように被告の原告に対する右の賦課は本来無効のものであるか少くとも取消さるべきものであるから被告は右の金員を法律上の原因なくして利得したこととなる。従つて被告は原告に対し当然該金員を返還しなければならない。而してこれに附すべき還付加算金に関して本件屠畜税に適用せらるべき旧地方税法には明文はないが、国税徴収法第三十一条ノ六及び現地方税法第十八条にそれぞれその趣旨の明文があるから、こゝに原告は被告に対し右金百四十九万九千八百九十円と右金員の納入の翌日である同二十五年十二月二十四日より完済に至るまで日歩四銭の割合による還付加算金を、仮に還付加算金が認められないとしても、被告は悪意の受益者であるから民法所定の法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだと述べ、被告の答弁について、原告が訴外井上に川口屠場の経営一切を賃貸しても同屠場の屠場主が依然として原告であることには変りはないから屠場主名義の変更を要しないわけであり、被告主張の届出をしなくても屠場経営者の変更を以つて被告に対抗出来る。尚被告主張のように仮に屠畜税徴収の権利抛棄は市長単独の調定では出来ないことで地方税法所定の減免又は補償の場合に限られるとしても、川口市長はその当時前記川口市吏員による屠畜税の実質的減額の処置を是認して昭和二十三年度同二十四年度の各決算書をそれぞれ作成の上川口市議会に提出し、同議会はこれ等をそれぞれ異議なく承認したのであるから、本件屠畜税の内少くとも右両年度分の未納額については旧地方税法第二十九条所定の特別の事情ある場合として減免されたものであることを主張すると敷衍した。(立証省略)

被告訴訟代理人は、主文同趣旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中原告が二十数年前に川口市領家町三千三百九十三番地所在の適式に設立された川口屠場を所有し同屠場を原告の責任と計算において経営して来たこと、被告が川口市税賦課条例として昭和二十三年九月一日同市条例第七十五号を告示し該条例は即日施行せられたこと、被告が原告を同条例に基く屠畜税の特別徴収義務者とし原告主張の昭和二十三年十月以降の別紙(三)記載の屠畜の種類頭数に対する屠畜税の未納入分につき原告の納税管理人として訴外井上喜作宛に原告主張の如き内容の屠畜追徴金令書を発し、右令書はそれぞれ原告主張の日時に訴外井上に送達せられたこと、訴外井上が同二十五年十月二十八日被告に屠畜税追徴金賦課は調定に違反する違法なものとして異議の申立をなし被告がこれを原告主張の理由で却下の決定をしたこと、昭和二十五年十二月二十三日原告から被告に屠畜税として金百五十万円の納入あり該金員が原告主張の屠畜税追徴金の一部に充当せられたことはいずれもこれを認める。原告が昭和二十年三月下旬頃川口屠場の経営一切を訴外井上に賃貸しそれ以来は原告が同屠場の経営者ではなく訴外井上がこれに代つたこと、被告の市助役早乙女道次郎外原告主張の吏員が昭和二十三年十一月訴外井上に屠畜税の納入額を各一頭につき牛、馬は金三十円、犢、豚、羊は金十円と調定し右の額を超過する川口市税賦課条例所定の賦課定額による屠畜税は被告において徴収の権利を抛棄する旨を約したこと及び川口市長が右処置を是認して川口市議会の議に附し同議会がこれを承認したことはいずれもこれを否認する。仮に原告が訴外井上に川口屠場の経営の一切を賃貸したとしても、屠場の貸与は実質上屠場名義の変更と見なければならないところ、屠場法施行規則第二条によると屠場主名義を変更したときは十日以内に地方長官に届出でなければならないことになつているのに拘らず、原告は屠場主名義の変更手続を経て居らないから屠場経営者の変更を以つて被告に対抗することは出来ない。又仮に被告の吏員が訴外井上に屠畜税につき原告主張の範囲の税額徴収の権利を抛棄する旨を約した事実があるとしても、凡そ税の賦課、徴収は法令に依拠して行われなければならないことであるから、本件屠畜税についても旧地方税法、川口市税賦課条例によるその税額は不動のもので、市長その他市の吏員の自由裁量によりこれを減免するが如きことは法律上許されないことであり、その行為は無効である。従つて同条例第二十三条所定の市長の為す税額調定は納税義務者(屠畜税の場合は獣畜の所有者で特別徴収義務者ではない)に対する賦課額の告知処分のことであつて、屠畜の種類、頭数と右条例所定の額により右賦課額は自動的に確定するわけであるから、調定ということの中には原告主張のような賦課額を裁量により左右するような意味は全然含まれていないし、従つて特別徴収義務者に対しては調定が行われるというような余地はない。又決算書は歳入、歳出の数字の計算書に過ぎず納税義務者や特別徴収義務者が何人で幾何の税金を減免するかを表示したものではないから議会の決算承認は旧地方税法第二十九条所定の減免の議決とはなり得ない。尚原告は従来東京都内に居住していたため川口市内居住の訴外井上を原告の納税管理人に依頼し同人をして原告名義を以つて屠畜税の徴収、納入を為さしめ今日に至つたものであると述べた。(立証省略)

三、理  由

原告が二十数年前に川口市領家町三千三百九十三番地所在の適式に設立された川口屠場を所有して昭和二十年三月上旬頃まで同屠場を原告の責任と計算において経営して来たことは当事者間に争がなく、証人井上喜作の証言と原告本人訊問の結果を綜合すれば、既にその頃までに川口屠場の管理をしていた原告の使用人等が応召、死亡等のため相次いで居なくなり且又当時原告も老齢であつたような事情から爾来原告は同屠場における獣畜の屠殺解体、屠夫の雇傭、屠畜税の徴収、納入その他同屠場経営に関する現実の仕事一切を予ねてからその営業上同屠場に出入し面識のあつた訴外井上喜作に依頼し、その関係が同二十五年九月まで継続したこと並びに右の依頼に際して原告と訴外井上との間に獣畜の屠殺依頼者から領収する右屠場の収益である屠場使用料の三分の二は原告、残り三分の一は訴外井上の各取分にする約定のあつたことを認めることが出来る。而して昭和二十三年九月一日川口市税賦課条例第七十五号が告示、即日施行せられ、屠畜税についてもその賦課定額は従来に比し相当大幅に引上げられることになつたこと、右条例によれば屠畜税は特別徴収税目であつてその特別徴収義務者は屠場経営者であること、被告は原告を同条例にもとずく屠畜税の特別徴収義務者とし川口屠場で取扱つた別紙(三)記載の屠畜の種類、頭数に対する屠畜税の未納入分につき原告の納税管理人として訴外井上宛に昭和二十五年九月四日附(税発第一八〇〇号)別紙(一)及び同年十月十日附(税発第二〇〇六号)別紙(二)記載の屠畜税追徴金令書を発し、前者は同年九月七日、後者は同年十月十一日にそれぞれ宛名人に送達せられたことはいずれも当事者間に争がない。そこで先ず、原告は前記認定の昭和二十年三月下旬川口屠場の経営に関し、原告と訴外井上との間に取決められた約定により原告は同人に川口屠場の営業全部を賃貸したもので、爾来原告は同屠場の所有者たるに止まり屠場経営者ではなくなつたものであると主張するので先ずこの点を審按する。先に認定したように、昭和二十年三月下旬の原告と訴外井上との間に為された川口屠場の経営に関する契約以来原告は同屠場における現実の業務には直接関与していないのであるが、屠場経営の賃貸ということは同経営の主体が従前の人から他の人に移ることであるから、この点から言えば本件のように単に屠場経営の現実の業務の担当者に変動があつたかどうかによつて屠場経営を賃貸したか否かを判断することは出来ないのであつて、このことは専らその事業の経営に対する終局の責任者、事業利潤の優先的帰属者に変動があつたかどうかによつて判定しなければならない問題である。経営の主体がこのような意味だとすれば、主体の変動に関し当事者間にこれを第三者に秘匿しなければならないような格別の事情のない限り、経営者の名義の変動について法律上その手続を必要とするものについては、その手続を採るのが通例であると言わなければならないから、この角度から本件を見るのに、屠場法施行規則(明治三十九年内務省令第十六号)第二条によれば、屠場主の名義を変更したときは十日以内に地方長官にこれを届出でなければならないことになつて居り、こゝに屠場主というのは屠場経営者即ち単に屠場という場屋の所有者でなく、この営業の主体の意味であることは屠場法(明治三十九年法律第三十二号)第七条第一項に「屠場ヲ設立スル市町村ハ廃場ヲ命セラレタル私設屠場主ニ対シ屠場ノ使用廃止ノ為受クヘキ損失ヲ補償スヘシ」同法施行規則第五条に「屠場主又ハ屠畜業者ハ定額以外ノ料金ヲ受ケ又ハ正当ノ事由ナクシテ屠場ノ使用若ハ屠殺ヲ拒ムコトヲ得ス」第八条第一項に「屠場主又ハ屠畜業者ハ結核、癩、梅毒又ハ伝染性皮膚病ニ罹レル者ヲシテ獣畜ノ屠殺解体ヲ為サシムルコトヲ得ス」同法施行細則(明治三十九年埼玉県令第三十八号)第六条に「屠場主屠場ニ関スル規定ヲ設ケタルトキハ所轄保健所ヲ経テ知事ニ願出認可ヲ受クヘシ」第十条第五号に「知事ハ左ノ各号ニ該当スルトキハ屠場設立ノ許可ヲ取消シ又ハ使用ヲ停止スルコトアルヘシ、五、屠場主死亡又ハ行衛不明ニシテ一箇年以内ニ継承届出ナキトキ」、第十二条に「屠場主転居改氏名又ハ休業若ハ廃業シタルトキハ本人ヨリ死亡失踪ノ場合ニ於テハ戸籍法ニ依ル届出義務者ヨリ五日以内ニ所轄保健所ヲ経テ知事ニ届出ツヘシ」、第十三条第二項ニ「屠場主又ハ屠畜業者ニシテ屠畜ニ従事セシムル者ヲ雇入又ハ解雇シタルトキハ五日以内ニ前項ノ手続ヲ為スヘシ」、第十六条に「屠場主ハ屠畜ニ関係アル者ニアラサレハ濫リニ場内ニ出入セシムヘカラス」、第二十二条ニ「屠場主ハ別紙第一号様式ニ依リ屠殺明細簿ヲ備ヘ屠殺解体ノ都度所要ノ記入ヲナシ検査官吏ノ検印ヲ受クヘシ」と各規定していること、特に例えば同法施行細則第六条、第十条第五号、第十二条、第十六条、第二十二条等が他の屠畜に関する営業者に課して居らない義務を屠場主に課し或いは屠場法第七条第一項が他の屠畜に関する営業者に認めて居らない損失補償を屠場主に認めている点に徴して明かであつて、これを要するに屠場経営者は屠場という場屋を離れては考えることの出来ない観念であつて所謂屠場主で屠場経営者でない者とか、屠場経営者で屠場主でない者とか、いう観念は屠場関係法令には存しない。尤も屠場法施行規則第五条、第八条第一項、同法施行細則第十三条第二項等は屠場主の外屠畜業者にも適用があるのであるが、これ等の規定と同法施行細則第十三条第一項及び第十四条を綜合して考察すると、屠畜業者とは知事から屠畜業鑑札を得て専ら獣畜の屠殺解体自体を業とする者で屠場の経営者とは実質的に全く異る業種であることが判るから、屠場関係法令中屠場主が屠場の所有者で屠畜業者が屠場経営者のことであるとは考えられない。従つて屠場経営の主体が変つても屠場主には変動がないからその届出の必要がないとする原告の主張は到底これを肯認出来ない。かような次第であるところ、原告が川口屠場の経営一切を訴外井上に賃貸し経営の主体が変つたと主張するに拘らず、その経営者名義を従来の原告から訴外井上に変更する旨の届出を所轄官署にしていないことは原告の認めるところであるから本件の場合川口屠場経営に対する終局の責任が原告から訴外井上に移つたとか、或いは同経営の利潤の優先的帰属者が原告から訴外井上に変つたというような事実を肯定するに足る証拠が他に特別に存在するか否かにつき改めて審査するのに、この点に関し原告本人の供述により真正に成立したものと認める甲第二号証の一乃至十一、三号証の一乃至十五、四号証の一乃至十、五号証の一乃至二十二、に徴すると、訴外井上から原告に対し昭和二十一年以来屠畜の種別、頭数に応じて一定の金員が交付せられて来たということが判るだけのことで、このことから必ずしも訴外井上から、その間の川口屠場経営上の純収益の一部が原告に分配せられて来たに過ぎないということにはならない。むしろその記載の態様と原告本人の供述を参酌して考えると、これ等の書類は訴外井上から原告への川口屠場の毎月の純益報告書、即ち営業報告書と見るのが相当であつて、これ等の金員は訴外井上の報酬その他必要な経費を差引いた純益の全部として原告に交付せられたものであることが窺われる。次に証人岸田貫三の証言により真正に成立したものと認める甲第六号証によると、昭和二十三年の秋川口屠場の大修理が為された際の修理費用の内大部分を訴外井上において負担し、一部を原告から援助されたかのような形になつているけれども、成立に争のない乙第七号証と原告本人の供述、証人井上喜作の証言を綜合すると訴外井上が負担としたという金員も実は同人から被告に納入せられるべき屠畜税の一部を以てこれに充当されて居り、却つて原告が支出したという金員の方こそ結局原告の責任負担に帰していることが窺われるから、これ亦前掲事実を認定する資料となすに足らない。又成立に争のない甲第十号証の一乃至十四、十三号証の一乃至十二、十四号証の一及び四乃至十の各領収証はいずれも納税義務者井上喜作という表現を使つていることは明白であるけれども、一面同じ種類の領収証と見られる成立に争のない同十四号証の二が右納税義務者という名義の外に川口屠場代表者名を、又同様の同号証の三が屠場監理人名を使用して異つた意味の名称を不統一に使用していること、屠畜税における納税義務者は旧地方税法(昭和二十三年法律第百十号)第百十二条によると屠畜の所有者であつて屠場経営者でないこと及び成立に争のない甲第十五号証の昭和二十四年度屠畜税徴収原簿の納税者及び納税管理人氏名欄記載の井上喜作の肩書に代の字が附記されていること等並びに証人中山亀之助の証言を参酌して併わせ考えると、これ等の領収証は普通納税義務者に用いられる納税用紙が便宜上使用されたのに過ぎないのであつて、使用者の方でこれ等の言葉の意味の区別を明瞭に意識して使用していたものでないことが判るから、これをもつて原告主張のように訴外井上が川口屠場の経営者であると認定すべき資料とは為し得ない。そして又原告本人の供述並びに成立に争のない甲第十二号証の一、二、原告本人の供述により真正に成立したものと認める甲第十一号証によると、原告が本件屠畜税追徴金の一部金百四十九万九千八百九十円を被告に納入した(このことは当事者間に争がない)直後、同金額を訴外井上より返還を受ける趣旨で担保として同人より株券の引渡を受け、又は同人所有の家屋二棟に原告のため所有権移転の仮登記をしていることが認められるが、成立に争のない乙第七号証、八号証及び証人井上喜作の証言を綜合すると、訴外井上は川口屠場経営に伴う屠畜税について昭和二十三年九月以来引続き屠畜依頼の獣畜の所有者からは川口市税賦課条例による正規の屠畜税を徴収して置き乍ら、被告に対してはその減額せられたと主張する範囲での金員しか納入して来なかつたことが認められるから、訴外井上が本来特別徴収義者であつてもなくても、将来同人が原告に対しそれが損害賠償になるから立替金の返済になるかの差異こそあれ、結局右金額を支払わなければならないようなことの起り得ることは充分予測出来ることである。かような関係であるから、原告が訴外井上より何等かの担保をとつて置いたとしても、このことは必ずしも原告が本来訴外井上が屠場経営者として納入すべき債務を代つて弁済したということの証左とはなり得ない。而してその他原告の提出援用による全証拠によつても川口屠場の経営者が原告から訴外井上に変つたという事実を認定するに足る証拠はなく、却つて成立に争のない乙第一号証の四(イ)、(ロ)、同号証の五(イ)、(ロ)、二号証の一、二、三号証乃至五号証と証人山本猛、関口軍治、井上林一の各証言を綜合し、これに原告本人の供述を参酌して判断すると、原告は昭和二十年三月訴外井上に川口屠場の経営に関す屠畜税の徴収、納入その他一切の現実の仕事を任かせても、それはあくまでも管理の委託であつて経営そのものまでも賃貸したものではなく、従つて経営上の主体にはその後も何等の変動がなかつたことが窺われる。然らばそれ以来原告が川口屠場の経営者ではなくなつたということを理由に、被告の原告に対する本件追徴金賦課処分に瑕疵ありとする原告の主張は失当である。次に原告は訴外井上を原告の納税管理人として届出をして居らないから同人宛屠畜税追徴金令書が送達せられても、原告に対し正式の告知が為されたことにならない。従つて相手方に対し表示行為を必要とする税額調定が原告に為されていないことになるので、原告には未だ追徴金の納入義務は発生していないと主張するので、この点に関し審究するのに、原告から被告に訴外井上を原告の納税管理人とする旨の正式届出のされていないことは、被告の明らかに争わないところであるから被告においてこの事実を自白したものと看做すべきところ、前掲旧地方税法の昭和二十四年五月改正以降において特別徴収義務者が納税地に住所、居所、事務所又は事業所を有しないときは納税に関する一切の事務を処理させるため納税地に居住する者の内から納税管理人を定め、条例の定めるところにより市町村税については市町村長にこれを申告しなければならないこととなつているが(同法第四十三条、第三十三条参照)、右の特別徴収義務者の納税管理人についてその届出を要する趣旨は、主として税務当局の徴収上の便宜のために設けられたものと解することが出来るから、特別徴収義務者の委託にもとずき税務事務を処理して来た者で税務当局においてもその旨を了承して取扱つて来た者は、届出の存否に拘らず該特別徴収義務者の納税管理人と解するのが相当と考える。ところで、本件においては原告は訴外井上に川口屠場経営に伴う屠畜税の徴収、納入事務を委託して来たことは前段認定の通りであつて、しかも当時は右地方税法の改正前で正式に納税管理人の届出制度がなかつた時のことであるが、実際上は被告も亦徴収上の便宜のためそのように取扱つて来たことは証人早乙女道次郎の証言によつても認められるので、右地方税法の改正後形式的に訴外井上を納税管理人とする届出を為さなかつたからといつて、同人をもつて原告の納税管理人にあらずということは出来ない。従つてこの点を前提とする右原告の主張は、次に原告の本件追徴金納入義務が原告に対する税額告知によつて初めて発生するものかどうかの点の判断に至るまでもなくこれを肯認することが出来ない。次に原告は本件屠畜税追徴金賦課令書は訴外井上から申告した別紙(三)記載の屠畜の種類、頭数に対し別紙(一)及び(二)記載の未納分ありとして徴収して来たのであるが、この賦課は原告が昭和二十三年十一月川口市助役早乙女道次郎等によつて同年十月分以降の将来の川口屠場における屠畜各一頭につき牛、馬は金三十円、犢、豚、羊は金十円の割合による税額を納入すれば足りることに調定されたことに対する違反であつて、当然無効か少くとも取消さるべき処分であると主張するのでこの点につき判断する。そこで先ず調定という言葉の意味についてであるが、原告は本件において調定を市の吏員が特別徴収義務者たる原告に対しその納入額を屠殺の牛、馬その他の獣畜各一頭につきその種別に応じ前掲川口市税賦課条例によつて定つている賦課定額をそれぞれ前記の割合による額まで下げることを承認する方法により減額が為された意味のように主張している然し本件屠畜税の如きに旧地方税法第三十六条第一項及び第三項、川口市税賦課条例第二十七条により、徴税吏員が徴税令書を納税義務者(即ち旧地方税法第百十二条によると屠畜を依頼する獣畜の所有者)に交付することによつてこれを徴収する方法を採らずに、徴収の便宜を有する者を特別徴収義務者と定め同人をして納税義務者よりこれを徴収させる所謂特別徴収の制度を採つており、特別徴収義務者が徴収する時期は条例第二十八条によると屠畜の際ということになつているのであるから納税義務者の具体的租税債務の内容は条例第三条、第四条の規定と相俟つて屠畜行為の都度条例により、原則として、直接確定しなければならない筋合であつて、特別徴収義務者は旧地方税法第三十六条第二項、条例第三十条によると毎月徴収した又は徴収すべき税金に相当する金額を翌月五日までに市に納入しなければならないのであるから、条例に存在する調定ということも本来の納税義務者に対する関係を離れて単に特別徴収義務者だけに対する関係では考えられないことがらである。結局これは特別徴収義務者を通じて行われる納税義務者に対する通常の場合徴収の都度確定されていく税額の告知処分と解するのが相当であつて、しかも本件においては先に認定したように、原告の主張する昭和二十三年十月分以降の屠殺獣畜の種類頭数については課税者側(即ち被告)と特別徴収義務者側(即ち原告)との間には喰い違いはなく、現に納税管理人たる訴外井上は原告の代理として納税義務者より条例所定の賦課定額による右期間の屠殺獣畜の種類、頭数に相応する屠畜税を徴収しているのであるから、反証のない限りこの限度において条例により市長の為すべき調定は既に済んでいるものと言わなければならない。従つて本件屠畜税については、原告主張のように調定の方法によつて減額せられたということは一応はあり得ないことと考えられる。尤も条例第四条、第二十三条によると屠畜税の如き賦課期日の定めのある税についての調定は徴収期日前五日までにしなければならず、一面第二十四条によると屠畜税の徴収期日は調定の即日となつているので、一見奇異の観がするのであるが、前記条例第二十八条を併わせて考えると、右第二十三条は賦課期日の定めのある一般の税についての原則を言つているだけで屠畜税の調定は徴収と同時に行われることを条例が定めたものと解して充分前後の説明のつくことである。以上の点を考慮に入れて本件各立証の内容を検討してみるのに、証人本橋勝右ヱ門の証言と成立に争のない乙第七号証、九号証を綜合すると、納税管理人の訴外井上は昭和二十三年九月一日本件川口市税賦課条例が告示せられて屠畜税の賦課定額が従来に比し大幅に引き上げられたので、改正税額では屠場経営が困難だとして川口市の税務課に屠畜税の減額方を申入れ、数度交渉の結果同年十月か十一月頃当時の税務課長本橋勝右ヱ門は、訴外井上の同人に対する話では屠畜税各一頭につき牛馬は金三十円、その他は金十円位の徴収しか出来ないということであつたので、このことを前提として訴外井上がその割合で当分の間納入することに対し暫定的に了解を与えたことは窺い得られるのであるが、それ以上に右本橋勝右ヱ門その他の川口市の吏員の方で当時屠畜税の減額を調定の方法その他正規にこれを承認決定したというような事実は、証人井上喜作の証言中この点に関する部分は措信し難く、他に右事実を認むるに足る証拠はない。尤も証人井上の証言によれば、訴外井上はその後昭和二十五年八月頃まで大概ね右了解を得た割合による税額のみを納入し来て、その間被告川口市の方からそれ以上の分につき訴外井上に納入方の督促をしたこともなく、殊に成立に争のない甲第七号証、八号証はそれぞれ昭和二十三年度、昭和二十四年度川口市歳入歳出決算書であつて、前者によると金十二万三千百三十五円を以つて同年度屠畜税の調定額として打切計算になつて居り、後者によると被告川口市の方では同年度の屠畜税の収入につき牛馬その他屠畜の各一頭宛税額は本件条例による賦課定額を記載し、これに同所に記載せられている屠殺牛馬等の頭数を乗ずるとその合計額は金百九十四万三千七百八十円になるに拘らず、僅かに金二十一万三千円を以つて調定済、収入済と附記説明し、収入未済額なきが如く示されていることは明白であるけれども、このことは論理上こゝに調定済とされている金額以上の税額が客観的に法律上既に調定されている事実を否定するものではなく、訴外井上が納税義務者より本件条例所定の賦課定額による屠畜税を徴収しこの限りにおいて調定の為されていることは先に認定した通りであつて、この調定済分を決算書中に表わさなかつたのは、恐らくこれを表わせば当然その分だけは未徴収となるから市の吏員の方で自己の徴税に関する執務上の怠慢の露われるのを虞れ、市会その他に対する表面を繕う考えから前記のような決算書の原案が出来たものと認めざるを得ない。要するに、右決算書によつては原告の右主張を肯認することは出来ない。次に原告は川口市長は右両年度の決算書をそれぞれ作成の上これを川口市議会に提出し同議会はこれ等を異議なく承認しているのであるから、これは市長が原告に旧地方税法第二十九条所定の特別の事情ある場合として議会の承認の下に決算書で未納額なしとせられた分につき減免の処分を為したものであつて、本件屠畜税の内少くとも右両年度分の未納額についてはその追徴金賦課は当然無効であるか少くとも取消さるべき違法の処分であると主張するのでこの点を審究する。右の如き内容の両年度の決算書がそれぞれ当時川口市議会に市長から提出せられてその承認の議決があつたことは被告の明らかに争わないところであるから、この事実は被告において自白したものと看做すべきところ、前掲旧地方税法に徴すると市長において特別徴収義務者に対し納入税額減免の処置を採り得られるのは、同法第三十八条所定の特別徴収義務者の徴収不能額の還付の場合と同法第四十二条所定の特別徴収義務者が既収の税金を失つたときの補償の場合の二つに限られて居り、原告の主張する同法第二十九条所定の減免は同法第四十三条が第二十九条を特別徴収に係る納入金に準用していないところから観て、市町村税の普通徴収の場合にのみ出来る措置であつて、本件のように特別徴収の場合には同条にもとずく措置は法律上出来ないものと解するし、又決算はその会計年度における予算と実績とを対比して考査作成せられる歳入歳出の確定的計数に過ぎないのであるから、これが市議会によつて承認されても、それは単に市当局の財政上の処置についての責任に関し議会としての意思を表明するに止まり、税の減免等一般人民に対し一定の法律効果を生ぜしむる意思表示を為すものでないからこの点の原告の主張も到底肯認出来ない。

以上のような次第で、いずれの点から言つても原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 大中俊夫 中島一郎 牧野進)

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